法律相談Q&A 
第26.〈トピック〉「オウム裁判」が刑事裁判の改革を促した

第26.〈トピック〉「オウム裁判」が刑事裁判の改革を促した

● 平田容疑者出頭で、再びクローズアップされたオウム事件

 

Q・平成23年の大晦日、指名手配されていた平田信容疑者が突然出頭し、「オウム事件」が再び大きなニュースになっていましたね。

A・はい。オウム真理教が起こした犯罪史上に残る一連の凶悪事件については、松本智津夫元代表ら教団幹部が次々と逮捕され、起訴されました。
 その刑事裁判も、平成23年11月、平田容疑者が逃亡している間に、すべて終結しました。
 最終的に元代表を含め13人の死刑判決が確定しています。

Q・裁判にはずいぶんと時間がかかりましたね。

A・平成7年3月にオウム真理教の教団施設へ強制捜査が入りましたが、それからすべての裁判が終結するまで16年8か月かかりました。

Q・時間のかかる裁判に対しても、ずいぶんと批判されましたね。

A・国民やマスコミから、大きな批判を浴びました。
 そのため、平成14年3月、当時の小泉純一郎総理大臣も、“思い出の 事件を裁く 最高裁”という川柳を紹介しながら、国民の司法に対する信頼を損ねるとして、裁判の迅速化を求めました。


 

● 刑事裁判を迅速化する改革

 

Q・その後、刑事裁判について、どのような制度改革が行われたのですか。

A・まず、平成15年に、第一審の判決を2年以内に言い渡すことを盛り込んだ「裁判迅速化法」が成立しました。
 平成17年には、事件の争点を事前に整理することで公判審理を迅速化する「公判前整理手続」が導入されました。
 これにより、刑事事件が大幅に迅速化されることとなりました。
 平成21年からは、一般の市民の方が、裁判官と一緒に刑事裁判に参加する「裁判員制度」も始まりました。

Q・被害者や遺族が裁判に参加できないことも批判されていましたね。

A・はい。当時の刑事裁判の制度では、被害者が裁判に関与できなかったため、「被害者は蚊帳(かや)の外」だと批判されました。
 そのため、平成12年に「犯罪被害者保護法」が制定されました。
 これにより、被害者が裁判で意見を陳述する権利が認められるようになり、裁判の傍聴席を、被害者や遺族が優先的に確保できるようにもなりました。
 さらに、刑事訴訟法も改正され、現在では、被害者や遺族が公判に参加し、被告人に直接質問したり、量刑意見を述べたりする権利も認められるようになりました。


 

● 被害者救済の制度改正

 

Q・被害者救済については、どのような制度改正が行われましたか。

A・被害者救済も、「欧州に比べ数十年遅れている」などと批判されていました。
 これについては、平成13年に「犯罪被害者等給付金支給法」が改正され、支援対象の拡大や、給付基礎額の引上げがされました。
 また、平成17年には「犯罪被害者等基本法」が施行され、犯罪被害者とその家族・遺族に対する精神的・物質的な支援を、国・地方自治体の責務であると明確に定めました。
 平成20年には、犯罪被害者等給付金支給法がさらに改正され、重傷病者に対する休業補償が制度化されるなどしました。
 また、平成20年には、「オウム真理教犯罪被害者救済法」が施行され、オウム事件の被害者に対し、被害程度に応じた給付金も支給されています。


 

● 平田容疑者の裁判の結末

 

Q・平田容疑者の裁判はどうなったのですか。

A・平田容疑者は、公証人役場事務長逮捕監禁致死事件(逮捕監禁罪)、島田裕巳宅爆弾事件(爆発物取締罰則違反)、及びオウム真理教東京総本部火炎瓶事件(火炎瓶処罰法違反)で起訴されました。
 平田容疑者の裁判は、オウム裁判で初めての裁判員裁判となり、公証人役場事務長逮捕監禁致死事件の被害者の長男も出廷しました。
 さらに、地下鉄サリン事件などで死刑が確定した中川智正死刑囚などが証人として出廷しました。
 そして、平成26年3月7日、東京地裁は懲役9年の実刑判決を言い渡しました。
 これに対し平田容疑者は控訴しましたが、平成27年3月4日、東京高裁は控訴を棄却。平田容疑者は最高裁判所へ上告しましたが、平成28年1月13日、最高裁第3小法廷が上告を棄却し、懲役9年の刑が確定しました。
 こうして、平成8年5月31日に指名手配されてから約20年間に至るまでの逃亡劇は幕を閉じました。